アフリカ文学とひとくくりにするのは難しいほど、
アフリカ大陸は大きく、また文化も多様である。そのため、一般的に〈アフリカの文学〉といった場合には、サハラ以南の作家と作品をさし、アラブ地帯の作品(1988年の
ノーベル文学賞受賞の
ナギーブ・マフフーズなど)は含めないのが普通である。各地の民族語にくわえて、
アラビア語、
英語、
フランス語、
ポルトガル語などの作品が存在する。殊に
1950年代以降は英語で書く作家たちの活躍がめざましく、
植民地時代を経て、激動する政治背景を描いた良質の作品が数多く生み出されている。
南アフリカ共和国や
ナイジェリアのような、自国内での出版産業が成立し、文学市場が存在するごく一部の国を除いて、基本的にアフリカ諸国では自国内での文学の出版、消費が薄いため、現在も、アフリカ文学は
パリや
ロンドンや
ニューヨークの出版社からヨーロッパ諸言語で出版され、北側先進国の人間を主な市場としている。また、植民地時代と比較すればアフリカ諸国の
識字率は向上したとはいえ、未だに言語の壁は厚く、1950年代から60年代にかけてフランス語で創作したセネガルの
センベーヌ・ウスマン(センベーヌが姓である)は、自国の人たちに理解してもらうにはフランス語では限界があると考えて、1970年代には
映画監督に転身するという事件もあった。
ケニアの
グギ・ワ・ジオンゴはこのようなヨーロッパの言語で書かれるアフリカ文学を批判し、精神の非植民地化を図るために、自らの
母語である
ギクユ語のみでの創作活動を行うことを宣言した。グギの姿勢はアフリカの知識人に影響を与え、
スワヒリ語、
ウォロフ語、
ショナ語、
バンバラ語、
リンガラ語、
ハウサ語、
ヨルバ語、
コーサ語などによる文学活動も、多くの困難を抱えながらも徐々に実践され始めている。