ゴリオ爺さん wikipedia|無料辞書
ゴリオ爺さん(ごりおじいさん、仏:
Le P?re Goriot)は、
フランスの小説家
オノレ・ド・バルザックによる
1835年に発表された長編小説。作品集『
人間喜劇』のうち「私生活情景」に収められた。
1819年の
パリを舞台に、子煩悩な年寄りゴリオ、謎のお尋ね者ヴォートラン、うぶな学生ウージェーヌ・ラスティニャックの三人の生き様の絡み合いを追う。
1834年から1835年にかけて連載小説としてはじめて世に出て以来、『ゴリオ爺さん』はバルザックの作品中で最も重要なものと広く考えられている
[Hunt, p. 95; Brooks (1998), p. ix; Kanes, p. 9.]。まず著者がそれまでに書いた他の小説の登場人物をまた登場させるという、バルザックの作品を特徴づけ『人間喜劇』を文学の中で孤高ならしめる手法、いわゆる「人物再登場法」を始めて本格的に採用した点で特筆される。またこの小説は、登場人物およびサブテキスト(いわゆる行間の表現)を創りあげるために微に入り細にうがった表現を用いるバルザックの
写実主義の典型としても有名である。
小説はブルボン家による
王政復古の時代を舞台に、上流階級の座を確保しようともがく人々の姿が遍く描かれている。パリという都市も、登場人物たち、特に南フランスの片田舎で育った青年ラスティニャックに対して強烈な印象を与えている。バルザックはゴリオや他の人々を通して家族や結婚の本質を分析し、そういった制度を悲観的に描いてみせた。
この小説はさまざまな褒貶を受けた。作家の描く複雑な登場人物や細部への注目に対して称揚する批評もあったが、堕落した行為や大喰らいの描写の多さを非難したものもあった。バルザック自身もこの作品を気に入っていたが、すぐに大衆受けすることとなり、以来しばしば映像化や舞台化がなされている。「ラスティニャック」は
フランス語で’出世のためならどんな手も使う野心家’をさす代名詞となった
[スタンダード仏和辞典第3版、大修館、1977年では「陰謀家」と記されている。]。
◆ 背景
◇歴史的背景
「ゴリオ爺さん」は1819年、
ナポレオン1世の
ワーテルローでの敗北後、ブルボン家による復古王政が始まった後のこととして話が始まる。
ルイ18世とともに復古された貴族政と、
産業革命によって勃興した
ブルジョアジーの間に緊張が高まっていた
[Kanes, pp. 3?7.]。この時代のフランスでは、圧倒的な貧困につかった下層階級の存在によって社会構造は緊迫していた。ある推計によれば、生計を立てるのに必要な最低額である年500-600フランの収入に満たない者が、パリの人口の4分の3近くにのぼったという
[Kanes, p. 38.]。だが同時に、この激動は過去何世紀も続いた
アンシャン・レジームの下では考えられなかったような社会的地位の変化を可能にしていた。この新しい社会のルールに自分を進んで合わせた人々の中には、つましい境遇からより上層へと登ることのできた者もいた、がもちろん古くからの由緒正しい富める者たちには忌み嫌われた
[Brooks (1998), p. xi.]。
◇ 文学的背景
バルザックが「ゴリオ爺さん」を執筆した
1834年の時点で、彼はすでに(生計のために偽名で書いた一連の濫造小説を含めて)数十冊の著書をものしていた。1829年にはじめて本名で『ふくろう党』を出版してからも、『ルイ・ランベール』(1832年)、『
シャベール大佐』(同年)、『
あら皮』(1831年)と名作を発表している
[Robb, pp. 425?429.]。この頃までにはバルザックは自分の作品を、後に『人間喜劇』と呼ばれることになった作品集としてまとめ始め、19世紀初頭のフランスのさまざまな顔(側面)を表現するものとして分類している
[Saintsbury, p. ix.](
人間喜劇の項を参照)。
バルザックを魅了したさまざまなフランスの顔の一つが、犯罪者の生き様だった。1828年の冬に、ペテン師から警官へと転身したフランス人
ウージェーヌ・フランソワ・ヴィドックの回想録が出版され、編集者によって犯罪的な手柄の数々が詳しく書かれたためにセンセーションを巻き起こした。バルザックは1834年4月に彼と会い、ヴォートランという名で当時構想中だった小説の登場人物のモデルとすることにした
[Hunt, p. 91; Oliver, p. 149.]。
◆ 執筆と出版
バルザックが、自分の娘たちに拒絶された父親の悲劇に取り掛かったのは、1834年の夏のことだった。彼が経営する新聞に日付のない数行のあらすじが掲載されている、「善良にして中流下宿の住人、年収600フランの老ゴリオ氏、年収5万フランの娘たちに全財産を巻き上げられ、野垂れ死にする件」
[Quoted in Bellos, p. 16.]。彼は秋の40日ほどをかけて文案を練り、12月から翌1835年の2月まで「
パリ評論」誌上に連載した。3月にはウェルデ出版社から出版、5月には第2版が出た。第3版は大幅に改訂されて1839年、シャルパンティエが出版している
[Oliver, p. 102; Brooks (1998), p. viii; Kanes, p. 7; Bellos, p. 15.]。バルザックには、出版社から渡された校正刷りにおびただしいメモを書き込む癖があった。それで彼の小説は版を重ねるにつれて、初期のものとはかなり違うものになることもよくあったのだ。『ゴリオ爺さん』の場合は、登場人物の多くを彼が以前書いた小説のそれに変えてしまった。さらに詳細な描写を盛り込んだ新たなパラグラフを付け加えた
[Bellos, pp. 23?24.]。
ウージェーヌ・ド・ラスティニャックは、初期の哲学的幻想小説『あら皮』では老人として登場した。『ゴリオ爺さん』の最初の文案を練っている時は、登場人物に「マシアック」という名をつけていた。しかし不意に『あら皮』に登場させた同じ人物を使うことに決めたのだった。他の登場人物も同様に変更されていった。バルザックが人物再登場を構造的に用いたのは、これがはじめてだった。これを深く、厳格に実践することで、彼の小説は特徴的なものとなっていった[Bellos, pp. 16?17; see generally Pugh.]。
1843年にバルザックは『ゴリオ爺さん』を『人間喜劇』中の「パリ生活情景」に収めた。しかしすぐ後になって - この小説が個々の登場人物の人生に深く焦点を当てたものであることから - 「私生活情景」に移すことにした[Dedinsky, pp. 147?148.]。『人間喜劇』の中で彼が立てた枠組みと収められた小説は、バルザックが社会全体を叙述するため、混乱の極みにある社会を写し取りつくすための創作の試みであった[Balzac (1842).]。この時点では、まだ彼は「風俗研究」と名づけられた『人間喜劇』の小さな先駆けしか準備できていなかったが、しかしそれぞれの作品が彼の計画の中で占める位置を慎重に勘案しながら、しばしば構成をし直していたのだった[Robb, p. 234; Dedinsky, pp. 129?131.]。
◆ 梗概
小説はパリ、ヌーヴ=サント=ジュヌヴィエーヴ通りにある下宿屋ヴォケール館を、延々と叙述するところから始まる。この館の住人の中に、法学生ウージェーヌ・ド・ラスティニャック、ヴォートランという名の謎めいたアジテーター、そして隠居したヴァーミセリ作り(製麺業者)のジャン・ジョアシャン・ゴリオという老人がいた。この老人はいつも他の下宿人たちから嘲り笑われていたが、彼らは程なく、この老人が上流階級に嫁いだ二人の娘に金を工面するために破産してしまったことを知る。
南フランスからパリに上ってきたラスティニャックは、上流階級に憧れていた。上流社会の水になかなかなじめないラスティニャックは、従姉妹で社交界の花形だったボーセアン子爵夫人に処世術の手ほどきを受ける。彼女の紹介で知り合ったゴリオ爺さんの娘の一人、デルフィーヌ・ド・ニュシンゲンに彼は惹かれていき、田舎でつましく暮らす家族からの、なけなしの送金を使い込んでしまうのだった。一方ヴォートランは、ヴォケール館に住む娘ヴィクトリーヌを恋するようにラスティニャックにしきりに勧める。兄のせいで幸せをつかみ損ねているヴィクトリーヌのために、ヴォートランは決闘で兄を殺してラスティニャックの前途を開こうと言い出した。
ラスティニャックはヴォートランの計画に乗ることは断ったが、上流社会での現実的な生き方をしろという教えは心に留めていく。やがて住人たちはヴォートランがお尋ね者で、「トロンプ・ラ・モール」(死のいかさま師)と呼ばれる悪党の親玉であることを知る。一方ゴリオは、ラスティニャックが娘を恋していることには好意的であり、娘が夫に虐げられていることに怒りを覚えていた。またもう一人の娘アナスタジーが、恋人の借金のために家の宝石を売ってしまったことを知ると、この老人は自分の無力さに打ちひしがれ、悲しみのあまり卒中になってしまう。
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