1992年の社会主義政権崩壊後初の総選挙により、民主党が圧勝し、ベリシャは
4月9日にアルバニア共和国大統領に選出された。長期に渡る鎖国政策で疲弊した経済を再建するために、市場経済化と外資の導入を促進し、政治体制や経済構造の民主化を進めた。しかし、急激な市場経済化と共に行政の腐敗が横行し、失業率は上昇、闇経済が拡大の一途を辿るようになった。国民の不満が高まり政権への求心力が低下すると、
アルバニア労働党の後継政党である野党
アルバニア社会党を中心に、改革路線への反発が強くなった。また、ベリシャは政権内で自らの出身地である北部出身者を優遇し、南部を基盤とする政治勢力の反感も買うようになった。
ベリシャは度重なる野党の辞任要求を拒否し続けていたが、
1997年1月、政府の黙認を受け国民の大部分が参加していた
ねずみ講6社が破綻。南部の
ヴロラで始まった暴動をきっかけに、野党が総選挙の前倒しと大統領退陣要求をして反政府暴動が全国に波及した。非常事態宣言を出し、軍隊を出動させるなどして事態の沈静化に努めたが最早抑えられないものとなった。
6月には総選挙が実施され、結果、野党社会党が圧勝し、
7月には混乱の責任を取って大統領職を辞任した。 後任は社会党の
レジェプ・メイダニが就任した。(
1997年アルバニア暴動を参照)