ディスクール(フランス語、discours)とは、「書かれたこと」や「言われたこと」といった、言語で表現された内容の総体を意味する概念。「言説」とも訳される。当初は
言語学において考え出された概念だったが、
ミシェル・フーコーの『言葉と物』、『知の考古学』を経て
哲学や
社会学でも大ブレイクした。批評用語としての「ディスクール」はフーコーが託した意味を引き継いで使われることが多く、単なる言語表現ではなく、
制度や
権力と結びつき、現実を反映するとともに現実を創造する言語表現であり、制度的権力の
ネットワークとされる。
フーコーによれば言語によってなされた個々の表現は「「エノンセ(言表)」」とよばれ、ディスクールはこのエノンセの総体である。そしてディスクールは、
無意識のうちに
制度や
権力と不可分に結びついており、抑圧や排除、
差別といった制度的権力の構図を内包している。またディスクール自体は多くの人間による言表の集合であるために個々の言表における作品性や著作性といった要素はあまり問題とされない。これに対して
ハーバーマスは「理想的な対話状況」によって権力性を切り離すことが可能であると説いた。また
エドワード・サイードは
オリエンタリズムに関しては、という限定の上でではあるが、ディスクールに著作家自身の特徴を見て取ることができると主張している。