オスマン帝国は
1876年、
オスマン帝国憲法の制定と同時に西洋の
紋章学的記述に基づいた国章を定めているが、
トルコ革命の結果
1922年にオスマン帝国が倒されて以後、トルコには国の紋章(コート・オブ・アームズ)はなくなった。
1925年に当時の教育省(Maarif Vekili, 現在のE?itim Bakanl???)は国章選定のためのコンペティションを開催し、画家ナムク・イスマイル・ベイ(Nam?k ?smail Bey)の案が優勝した。この案は赤い盾の中に白で
テュルクの民の象徴である
狼(
アセナを参照)を描き、その上方に白で上向きの三日月と星を配したものであった。しかしこの紋章が正式な国章として認可されることはなかった。