第二次世界大戦中、マルコスは
フィリピン自治領軍第21歩兵師団の戦闘情報局員として従軍した。後に書かれた彼の伝記によれば、日本軍がフィリピンに進出した
1942年1月、当時中尉だったマルコスは、18歳だった3人の新兵と共に、後方の日本軍前線を突破し敵兵の50人を殺害、同師団を釘付けにしていた日本軍の迫撃砲を破壊し、さらに日本軍の捕虜となった際、拷問をかけられながらもこれに反撃し脱出したことが記されている。この軍功により
大尉に昇進し
名誉勲章に推薦されている。同年1月、日本軍は
マニラを無血占領したが、マルコスは辛くも
バターン死の行進から脱出している。こうした、マルコスによって主張される抗日ゲリラ活動での活躍は、後の政治的成功の大きな要因となった。しかし、後に明らかになった
米国公文書館の記録によれば戦時中の活動は極僅かもしくは全く無かったとされている。