1983年、私立
世田谷学園高等学校卒業後(私立
獨協中学校中退)の
日本大学藝術学部演劇学科在学中に
劇団「
東京サンシャインボーイズ」結成。活動初期では
一橋壮太朗の芸名で自ら役者もつとめていた。なお、演劇学科の3年後輩の
太田光は、当時は演劇志望だったため、「三谷さんは学生の頃から、スゴイ人気者だった。日藝のヒーローだった。一方、自分は教授とケンカしたりして、演劇を諦めた。だから今でも、三谷さんにコンプレックスがある。」と、
2006年に自らの番組「スタメン」に三谷がゲストで出演した際に、カラミぎみに語っていた。
フジテレビの深夜番組『
やっぱり猫が好き』の脚本を一部執筆し(「このドラマが小林聡美と結婚するきっかけとなった」とよく言われるが、あくまで出会ったきっかけに過ぎず、交際に発展したのはもっと後のことらしい)、その後番組『
子供、ほしいね』のほとんどの回を担当した(なお、この作品には主人公・久保田うららの兄役で三谷本人が出演している)ことから一般に名が知られるようになり、
1993年『
振り返れば奴がいる』で連続テレビドラマの脚本家としてデビューする。この時、脚本が現場で勝手に直されるという事態に直面し、その体験を活かした舞台『ラジオの時間』を上演する。この作品は、後に三谷の
映画監督デビュー作としてセルフリメイクされた(映画版は『
ラヂオの時間』と表記)。