成城学校(
新宿区原町)を卒業、
中央大学法学部英法科卒業。在学中に
学徒出陣・
GHQ通訳の
アルバイトを経験。卒業後は団体職員となるも俳優を志し、創芸小劇場、文化座を経て
新東宝に入社。、セミドキュメンタリー映画『殺人容疑者』(新東宝)に主演級の役でデビューする。同期の俳優の
中島春雄は、「丹波はアナウンサー志望と思っていたから、新東宝で俳優になって驚いた」と語っている。その後は
脇役ばかりの日々で、退社までの8年間、主演は一度もなかったが、
敵役・
悪役としては主役俳優を圧倒してしまうほどの強烈な存在感を見せた。
、
新東宝社長・
大蔵貢と喧嘩をしてクビになり、フリーになる。盟友である当時フジテレビのディレクターだった
五社英雄とコンビを組み、1960年に放送された
テレビドラマ『トップ屋』で注目される。1961年の
ニュー東映で『
霧と影』や『
白昼の無頼漢』に主演し重厚な演技が映画界でも徐々に注目を集める。1963年に放送されたテレビ
時代劇『
三匹の侍』でスターダムにのし上がる。既に41歳であった。1960年代は
東映のギャング映画や
任侠映画を中心に準主演級の存在感のある役どころ(ギャングのボス・やくざの兄貴分など)で多数出演するなど演技派性格俳優として活躍。1967年には『
007は二度死ぬ』に出演し、
三船敏郎に次ぐ国際俳優と呼ばれるようになる。