翌・明治20年(
1887年)に『新編浮雲』第一篇を、坪内雄蔵(逍遥の本名)名義で刊行。「はしがき」で初めて「
二葉亭四迷」と名乗った。この処女小説『
浮雲』(第一篇〜第三篇)は、第三篇以降の草案があったため未完に終わった作品として紹介されていることもあるが、
写実主義の描写と
言文一致の文体で当時の文学者たちに大きな影響を与えたことは事実である。先立って書かれた坪内逍遥の『当世書生気質』に色濃く残っていた
戯作文学の影響を排し、日本の近代小説の始まりを告げたとされる。またロシア語が堪能で同時代の
ロシア写実主義文学を翻訳、紹介した。特にツルゲーネフの『猟人日記』の一部を訳した「あひゞき」は、その自然描写の文体が多くの作家に影響を与えた。