吉林省 wikipedia|無料辞書
| Katakana = ジーリン
| AdministrationType = 省
| Secretary =
王?(前吉林省長、元蘇州市委書記)
| Governor =
韓長賦(元国務院研究室常務副主任)
| Area = 187,400
| AreaRank = 13
| PopYear = 2004
| Pop = 27,090,000
| PopRank = 21
| PopDensity = 145
| PopDensityRank = 23
| GDPYear = 2008
| GDP = 6,424 億
| GDPRank = 21
| GDPperCapita = 23,514
| GDPperCapitaRank = 11
| HDIYear = 2006
| HDI = 0.795
| HDIRank = 11
| HDICat =
| Prefectures = 9
| Counties = 60
| Townships = 1006
| ISOAbbrev = 22
| Website = http://www.jl.gov.cn/
-->
thumb282px地級行政区画
-->
◆ 地理
◆ 歴史
◇近代以前
省東部の森林地帯は
ツングース系狩猟民族の住地であり、中部平原地帯には
東夷系の
扶余が古くから建国し、扶余から分かれた
高句麗も省西南部の集安を拠点に一大国家を形成した。高句麗滅亡後は辰国(
渤海)が敦化の東牟山に建国、後黒竜江省南部の
上京竜泉府に都を移した。渤海が
契丹に滅ぼされると
東丹国の版図とされたが、まもなく
女真の活動地域となり、女真民族はその後
金王朝を樹立して中国北部を支配した。金朝が滅亡し
元朝の支配が開始されると、その統治の下に女真族が狩猟及び農耕による生産活動が行われ、
明末まで中央の緩やかな統制による女真族の活動範囲となった。明末に急速に勢力を拡大した女真族は、その後
満州族として周辺諸族を統合し
清朝を樹立し中国全土を支配するようになった。
具体的な行政区画としては清初、
1676年に
寧古塔(ニングダ)将軍が
吉林に移駐したのが吉林省設置の始まりで、その管轄範囲は現在の吉林省中東部、黒竜江省東南部から
ウスリー江以東、
アムール川以北の広大な地域に及んだ。
◇近現代
清代は
長白山を皇室そ構成する
満族の聖地としており他民族の立ち入りが制限されていたが、
朝鮮族による移住が行われていた。
1907年、
清朝により吉林省が正式に設置され、吉林府を省会とした、現在の吉林、黒竜江の大部分を管轄し、吉長、浜江(ハルビン)、依蘭(三姓)、延吉の四道を設置した。
中華民国が成立すると
吉林省が設置されたが、民初はその統治権が及ばず、国民政府による行政権が及んだのは
1928年1月の
易幟以降である。その後は
吉林県(永吉県)を省会とし、満州事変まで沿襲された。この時期には
朝鮮が日本に併合されたため、多くの朝鮮人が越境し現在の
延辺朝鮮族自治州を中心に吉林省東部に移住し
間島という地域を形成した(中華人民共和国成立後に民族自治州が設定された)。
1920年代以降、鉄道建設により交通の要衝であった
長春県の経済的重要性が高まり、
1932年の
満州国建国に際しては
新京市として首都として吉林省から分離されている。
現在は中国の経済発展に伴い、朝鮮族が多く居住する地域には
大韓民国のビジネスマンが多く駐在するようになっている。
◆行政区域
下部に8
地級市と1
自治州を管轄する。詳細については下記データボックスを参照。