大学を卒業した1982年に
ナムコ(現
バンダイナムコゲームス)へ入社。開発部へ配属となり、プログラマーとしてアーケードゲームの開発に従事。同社には4年ほど勤める。ナムコ在籍中の1984年、中編『コンタクト・ゲーム』によって
徳間書店の
SFアドベンチャー誌からデビューした。以後、80年代は主に同誌へ、90年代前半は主に
SFマガジンへ短編小説を寄稿。またナムコ在籍中には同社が発行していた
NGでショートSFを数編執筆している他、後年ナムコが
スーパーファミコンで発売した『
ミリティア』のノベライズを手がけている。
ノベライズものを別にすれば、大場惑の作品に長編は少ない。短編が主体である。その中でも代表作と言うべきは「
遊戯と人間」をテーマにし、基本的には『〜〜・ゲーム』と題された作品群であろう。これらのうちSFアドベンチャーに掲載された物(『コンタクト・ゲーム』及びその続編)は徳間書店から、SFマガジンに掲載された物の約半分が早川書房から、それぞれ短編集として刊行されている。『メイズィング・ゲーム』は『SFマガジン・セレクション1989』(
ハヤカワ文庫JA、1990年)にも収録された。