「
後漢(劉氏)」から「
魏(曹氏)」のように、前王朝(とその王族)が徳を失い、新たな徳を備えた一族が新王朝を立てる(
姓が
易(か)わる)というのが基本的な考え方であり、本来、日本で言われているような「単に前王朝の皇室が男系の皇嗣を失って皇統が断絶する」ような状況を指す概念ではない。中国においても例は少ないながらも別姓の養子に皇帝の位を継承した
五代の
後周のような例もあり、
血統の断絶ではなく、徳の断絶が易姓革命の根拠となる。
このように、易姓革命論は実体としては王朝交代を正当化する理論として機能していたと言える。またこのような理論があったからこそ
劉邦や
朱元璋のような平民からの成り上がり者の支配を正当化することが出来たとも言える。これは
西洋において長年にわたって君主の血統が最も重視され、君主の血統が断絶すると他国の君主の血族から新しい王を迎えて新王朝を興すのとは対照的である。
五行思想面からの説明では、万物には木火土金水の徳があり、王朝もこの中のどれかの徳を持っているとされた。たとえば、
漢の末期を揺るがした
184年の
黄巾の乱は、
「蒼天已死 黄天当立」(蒼天已(すで)に死す、黄天当(まさ)に立つべし)との
スローガンが掲げられた。漢は火の徳を持っているとされ、漢に代わる王朝は土の徳を持っているはずだとの意味である。