卒業後、貿易会社社員や
古本屋、夜鳴きソバ屋などの仕事を経た後、
大正12年(
1923年)、『
新青年』に掲載された「
二銭銅貨」でデビュー。初期は欧米の
探偵小説に強い影響を受けた本格探偵小説を送り出し、黎明期の日本探偵小説界に大きな足跡を残した。一方で
岩田準一とともに研究していた
衆道の
少年愛や
少女愛、
草双紙、
サディズムや
グロテスク趣味などへの志向も強く、これを活かした通俗的探偵小説は昭和初年以降当時の一般大衆に歓迎されたが、反面、世間が乱歩の虚像を肥大化することを嫌い本格作品執筆の意欲は衰えた。海外作品にも通じ、翻案性の高い作品として『緑衣の鬼』、『三角館の恐怖』、『幽鬼の塔』等がある。また少年向けに、
明智小五郎と小林少年をはじめとする
少年探偵団が活躍する作品『
怪人二十面相』等を多数発表した。その他、探偵小説に関する評論(『幻影城』など)でも知られる。戦後は評論家、プロデューサーとして活動。経営困難に陥った探偵小説誌『
宝石』の編集・経営に携わる。
日本探偵作家クラブの創立と財団法人化に尽力。同クラブに寄付した私財100万円の使途として
江戸川乱歩賞が制定され、同賞は第3回より長編推理小説の公募賞となる。