無頼派の範疇を創り出した「新戯作派」という言葉は、坂口安吾の
戯作に対する数々の発言に端を発する。エッセイ『戯作者文学論』、織田作之助の追悼文『大阪の反逆-織田作之助の死-』、などで、文学における戯作性の重要性を強調した。漢文学や和歌などの正統とされる文学に反し、俗世間におもねった、洒落や滑稽と趣向を基調とした江戸期の“戯作”の精神を復活させようという論旨である。そこで、
林房雄が「江戸期の戯作文学」にちなんで「新戯作派」と命名したとされる。この「戯作復古」の思想は、坂口の論文『FARCEに就て』、太宰の『お伽草紙』などのパロディ作品、『如是我聞』の
志賀直哉への猛烈な批判、または『晩年』〜『グッドバイ』までの諸作に見られる道化精神、織田の「可能性の文学」などに顕著である。そこには、旧来の
私小説的リアリズム、および既成文学全般への批判が見られる。「無頼派」という言葉は、これら「戯作復古主義」から「旧体制の文学」への反発を経て、結実し、一世を風靡した坂口の『堕落論』や『デカダン文学論』のタイトルイメージに影響されるところが大きい。