親鸞は、
法然を師と仰いでからの生涯に渡り、「真の宗教である浄土宗の教え
[浄土宗の教え…現在の浄土宗のことではなく、法然の伝える教えをさす。]」を継承し、さらに高めて行く事に力を注いだ。自らが開宗する意志は無かったと考えられる。独自の寺院を持つ事はせず、各地につつましい念仏道場を設けて教化する形をとる。親鸞の念仏集団の隆盛が、既成の仏教教団や浄土宗他派からの攻撃を受けるなどする中で、宗派としての教義の相違が明確となり、親鸞の没後に宗旨として確立される事になる。浄土真宗の立教開宗の年は、『
顕浄土真実教行証文類』(以下、『
教行信証』)が完成した
寛元5年(1247年)とされるが、定められたのは親鸞の没後である。