恋川春町の『
金々先生栄花夢』(1775年刊行)がそれまでの幼稚な草双紙とは一線を画する、大人向けの読み物として評判になった。それ以降の一連の作品をのちに黄表紙と呼ぶようになった。1冊5丁で、2・3冊からなるものが多い。毎年正月に刊行されるのが通例であった。なお、
朋誠堂喜三二、
恋川春町の「文武二道」を冠する黄表紙は
松平定信の文武奨励策を風刺したものとして幕府から圧力を受けた。
山東京伝の
洒落本・黄表紙も摘発され、京伝は
手鎖50日の刑を受けた。
文化期頃から敵討ち物が全盛となって長編化し、
合巻というジャンルに移行した。